2007年03月29日

ドラゴンボールZとは

ドラゴンボールZとは

原作第195話のサイヤ人編から最終話までのアニメ化に当たり、アニメ版前作『ドラゴンボール(通称:無印)』からタイトルを変更し新番組として制作された。

 日本のみならず世界40カ国以上で放映され、各国で高視聴率を獲得。世界規模で絶大な人気を博しバンダイから発売された同作のゲームソフトはシリーズ化、他にもDVD、カードダス、食玩などの関連ヒット商品が続々発売される優良コンテンツであり、アニメ版シリーズの中では人気面で絶頂を迎えた作品である。生島ヒロシ版の「クイズタイムショック」(テレビ朝日系列、1989年10月〜1990年3月)など、裏で放送されるバラエティ番組などを半年打ち切りに追い込むなどの人気アニメとなり、TBSテレビムーブ・テレビ進学塾放送前の番宣(番組宣伝)で司会の島田紳助が「ドラゴンボールよりためになります」と言っていたほどであった。そのため、フジテレビは子供たちの楽しみも考え、全盛期には水曜日のプロ野球中継を減らしていた(特にセル編の頃は、優勝決定などの重要な試合以外はドラゴンボールZを通常放送し、19時30分から野球中継にしたこともあった)。初代オープニングテーマ『CHA-LA HEAD-CHA-LA』も130万枚の大ヒットとなった他、劇場公開版アニメも全てがヒットした。

 しかし、フリーザ編で展開が原作に完全に追いついてしまい、スタッフが鳥山から「まだ墨も入れていない下書き段階の原稿を送ってもらっていた」というエピソードも残るほど、引き伸ばし手法が目立つようになる。これには冒険を主体にしていた無印に比べ、戦闘を主としたZはオリジナルな展開を挿入しにくかったことが主な理由に挙げられている。後期にはスポーツ中継を2週連続で挟む等、番組を中止にすることで原作と引き離す方法もとられるようになった。またアニメオリジナルの続編として『ドラゴンボールGT』の製作が決定したため、原作が終了した後にも、引き延ばしが目立ったり、1ヶ月も放送を休止する事態となった(社会的大事件で番組が直前に報道特別番組に差し替えられたり、プロ野球、サッカー中継などで度々休止となっていた)。これらについては批判も多いが、オリジナルのキャラ(悟空の父バーダックや、バビディの父ビビディ等)や設定による原作を補充する役割やを見せていたり、原作ではすぐにやられていたキャラを活躍させていたのは確かである。(但し、これによる矛盾も多い。)また無印時代は安定していた作画の乱れが目立つようになっていた。とくにフリーザ編では完成度が低く、最大の見せ場とも言えるバトルシーンのクオリティが、大きく下がったとも指摘される。主力が劇場版の作画で忙しかったからだと思われる。これらの背景もあり、視聴率は日本テレビの『どちら様も!!笑ってヨロシク』に押される形で少しずつ低下していくことになったが(それでも10%台はキープしていた)、最終回では21.5%を記録した。

 楽曲に関しては前述した初代オープニングテーマ『CHA-LA HEAD-CHA-LA』の他、2代目エンディングテーマとなった『僕達は天使だった』も人気が高い。2年半にわたって、影山ヒロノブがオープニングとエンディング両方のテーマソングを受け持ったことになる。またコロムビアからヒット曲集が20枚も発売され、7年の間に作られた歌は200曲を越えたが、実際挿入歌として使用された曲は後述の3曲だけだった。

 タイトルの『Z』は鳥山明本人によって命名されているが、鳥山はZにした理由についてドラゴンボールを早く終わらせたくてアルファベットの最後の文字である『Z』にしたと、2003年に出版された『テレビアニメ完全ガイド ドラゴンボールZ 孫悟空伝説』の中でコメントしている。2003年には、全話とTVSP2つを収録したDVD-BOXが発売された。また2006年より、単品DVDが各巻5話〜6話収録で順序発売されている。フジテレビやBSフジから再放送もされている。



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posted by 悟空 at 04:05| ドラゴンボール ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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